名探偵は貰えない
ラスグレイブ探偵譚より 著作『チームレッドへリング』
【本作のアプリ版、電子書籍版などは此方から】
―3―
「はっ、い、いらっしゃいませ……あ、ケイトじゃない」
「うっす、お疲れ。……あちぁあ、みんな揃って、なんか取り込み中? 」
短く切りそろえた金髪に、快活そうな声と瞳の持ち主。
ケイト・シンクレアは私の孤児院時代からの大事な親友。
普段はウェイトレスをはじめ、色々なアルバイトに精を出している。今日もアルバイトに行く前か、途中に店へ寄ってくれたのでしょうか。
「あー、イエ、別に気にする事はナイのデスよ。……そうだ、ケイト、今日ラスグレイブさんは『イロジカル』に行ってない? 」
『イロジカル』とは、ラスグレイブさん行きつけのパブの一つで、ランチに行くことも多い店だ。ケイトはその店のウェイトレスとしても働いている。
「おいおい、なんだ、その口調。っと、ラスグレイブさんね。あー、来た来た、昼前、ランチにね。で、あたしに『この辺りでスタノップ付きの装飾ナイフを作れる店を知らないか』って聞いてきたっけ。だから、昔、あたしが根城にしてたクロス地区にある、怪しい装飾品の店を教えてあげたわ」
ケイトも一時期は色々あって、裏路地を根城に、不良なんかもやってたけど、その経験がラスグレイブさんの役に立ったみたい。
「すたのっぷ? って何? 」
聞きなれない言葉に、姉さんが首をかしげている。
「小さいレンズで、覗くと中に仕込まれた、小さな写真を見ることが出来る奴だよ。それこそナイフとかに装飾の一部として仕込まれたりしてるんだ。ただ、その見える写真のなかには、ポルノ的な奴とかもよくあったりするんだよね」
アルさんが、恥ずかしげもなく言う。一応、年頃の女の子が三人もいるんだから、少しはそういう話題、謹んで頂きたいんですけど。
「ポルノ的……やっぱり、探偵さんってば、そういうエロい奴を……あっはっは、何か面白そー」
姉さん……。悪乗りが好きなんだから、もう。
「ら、ラスグレイブさんはそんなもの、欲しがりません! 」
一応、形だけでも反論してみるけど。
「そうかなぁ。中の女の人の写真にもよるんじゃね? 」
ケイトの突っ込みに、何故かみんな黙り込んで私の顔を見ている。
ちょ、ちょっと。
「な、何でみんな、私を見てるんですか。やめてください、私、そんな写真、ラスグレイブさんにあげてません! 」
「いや、コッソリ撮られてたかもしれないよー、ふふふ」
「もう、姉さんったら! 」
あー、もう、恥ずかしい。
と、突然、カウンターの上に置かれた電話機が鳴り出した。
あー、よかった。これ以上変な追求されたら、また変なこと想像しちゃいそう。
私は受話器を取って、耳に当てた。
「んっ、んん、はい、スロウ雑貨店です。……ああ、ラスグレイブさん。今、首都市警察、なんですか。ええ、警部補さんならちょっと前にこちらに。行き違いになったみたいですね。でも、どうしてそちらに、もしかして、頼まれていたナイフの事、なにかわかりました? ええっ、犯人も見つけたんですか。それは凄いです! ……はい、はい……ええ、ケイトから聴いて、もう大体、事情の見当もついてました。 それに、クロス地区でアルさんに姿を見られてたんですよ。気が付かなかったんですか? もう、名探偵の名が泣きますよ。 探偵じゃありません、『名探偵』ですっ。 ……はい、はい、そうですね。 でも、今度からは仕事の依頼は、どんなものでも私を通してくださいね。探偵事務所の報酬の管理は、私のお仕事なんですからっ」
と、私の電話中に、入り口のベルが鳴り、またしてもお客さんが。
今日は千客万来、ですね。
姉さんにアルさん、それにケイトにも応対してくれるよう手でお願いする。
本作の他、未発表タイトルを含む3作を纏めた公式同人誌『彼と彼女の探偵譚』を、夏コミC92にて発表予定です。