特別企画 小説版 『プレゼントは善意の塊』 後編

プレゼントは善意の塊 後編
ラスグレイブ探偵譚より 著作『チームレッドへリング』

   ―3―

「なんだいなんだい、ここ数日みんなでコソコソ何かしてたと思ったら……」
 ラスグレイブ探偵事務所の下にある大家宅の食堂に呼び出された、イーサン・ラスグレイブは、質素ながら綺麗に飾り付けられたその部屋に驚いた。
「せーのっ」
 クラリティの音頭続き……
「「「「ハッピーバースデー! 」」」」
 事務所に出入りする、みんなが唱和した。
「ああ、ありがとう。大勢に誕生日を祝われるなんて、久しぶりだな」
 そうか、今日は9月18日か……イーサン・ラスグレイブはようやく思い出した。
「まずは、あたしから。はい、シャツ、洒落てるでしょ。それから、アルからはネクタイのプレゼントだよ。たまにはこれ着て、しゃっきりしてね、探偵さん」
「ありがとう、アイリーン。……しかし、このネクタイはなかなかに派手だね」
「その方がワンポイントになるかと思って。印象に残るってのも、探偵として大事だと思いますし」
「印象に残らないのも探偵として大事なんだがね。まあ、時と場合をわきまえて、有難く使わせてもらうよ、アル」
「あたしからはイロジカルのランチ回数券。使うのはいつでも好きな時でいいっすから」
「ケイトも、ありがとう。明日からでも、すぐに使わせてもらうよ」
「さて、残るは……ほら、リッテ、はやくはやく」
「あのー、すいません、何だか全然プレゼントが決まらなくって……。いろいろ考えたんですが……結局これになっちゃって」
 クラリティは、体の後ろに隠した物を、おずおずと差し出した。
「あ、可愛い。チューリップの鉢植えじゃん」
「お花がいいと思っていたんですが、お花屋さんに行ったら季節外れに咲いていたんで。鉢植えなら、そこのバルコニーに飾れるし、いいかなって」
「ありがとう、いいじゃないか、丁度応接室に何か彩り(いろどり)が欲しいと思っていたんだ。切り花より、断然こっちの方が良い。ありがとう、枯らさないように大事に育てるよ」
「……まあでも、お世話はリッテがすることになりそうだけど。しかし、リッテ、気が付いてる? その『黄色い』チューリップの意味」
「え? 何? 花言葉って奴ですか」
「……『望みのない恋』」
「えー、そんなぁ……意味なんて考えてませんでした……」
「気にしなくていいよ。クラリティが善意で選んでくれたものだし、有難く受け取るよ。それに、僕は、それを贈りながら、見事、相手を射止めた男を知っているしね」
「あ! それって、もしかして、警部補さん?」
「流石、勘が良いな」
「なんだぁ、じゃあ、まだクラリティは望みがあるじゃない」
「の、の、望みってなんですか! 解りませんっ!」
「さあーて、なんだろうねぇ。リッテが一番良く知ってるんじゃない?」
「ううー。もうっ、もうっ」

「……やれやれ、昨日の誕生日で一つ年を取っても、特に何が変わる訳じゃないよな。仕事も増えないし」
 翌日の昼過ぎ、午前中に限りなく本業に近い副業の翻訳の仕事を終えてしまった、イーサン・ラスグレイブは暇をもてあましていた。今の彼の仕事は、応接室のソファに寝っころがり、例の金属製の知恵の輪を外したり付けたりする事である。もっとも、それを仕事と呼んだら、昼間っから寝っころがってない、世の殆どの人から、ブーイングが入るだろうが。
 其処へ、遠慮がちに、応接室の扉がノックされた。
「ラスグレイブさん。小包が来てましたよ」
「いいよ、依頼人も来てないし、入っておいで」
「はい、では。あ、これ小包です」
「ああ、ありがとうクラリティ。なになに……英国陸軍省(えいこくりくぐんしょう)付け、イーサン・ラスグレイブ少尉、訂正、退役中尉宛て……住所は実家からの転送か。陸軍情報局検閲済み、だって……まさか」
「どうしました? あっ、まさか、情報局に誰か、お知り合いがいるんですかっ」
「……」
「女の人のっ!」
「あー、そうじゃない、違うよ、クラリティ。もしかして、仕事の依頼かもしれないな。とにかく、届けてくれてありがとう」
「では何かあったら、下にいますので」
 扉を開けて出て行……こうとして、クルッと振り向くクラリティ。
「本当に違うんですよね」
 ニッコリ微笑んで言う彼女。
「差出人の性別はしらないけど、少なくとも僕は『そういう』気はない。絶対ない。保証するよ」
「そうですか。それなら良かったです。では、また後で」
 イーサンは、謎の冷や汗をかきつつ、この娘も妙な迫力を見せるようになったなぁ、とか人事のように考えていた。
「……陸軍情報局には元上司の『ヤツ』がいるからな。クラリティには見せられないぞ。というか、少し重いし振ると音もする。まさか、爆弾じゃないだろうな。いや、アイツが今、僕をどうこうする意味もないか。気は重いが空けるしかあるまい」

 クラリティが去ったあと暫く経ったころ、気の重さを振り切ってイーサンは、小包の封を切った。そして……
「……嘘だろ? この知恵の輪……。どうやって、何処からこんなものを探してきて……情報局の調査力は伊達じゃないってことか。 でも何故、僕の無くした知恵の輪の事を知っている? 送り主は誰だ?  ん、これは、メッセージカードか……」
 メッセージカードには、女性のような流麗な筆致でこう書かれていた。

『やあ、ひさしぶりだね、イーサン。元気にしているようで何よりだ。『無くしたもの』、気に入ってくれたかね。まずは、私の君への変わらぬ『善意の証』として受け取ってくれたまえ。ちなみに、この知恵の輪は、普通の方法では解けない。だが今の君なら解けるだろう。私は、そういった人材を欲している。気が向いたらこのカード裏のに書いた方法で連絡してくれ。ジャック・オクトーバーより、無上の愛を込めて』
 しばし、絶句するイーサン。
「ジャックの野郎……バッカじゃないか。僕が連絡なんかするわけないだろう……。何が善意だ、自分の事を善人とでもいうつもりか。それにしても、コイツを手に入れるのに、どれだけカネをかけたり、裏で手を回したりしたのやら。それに、いちいち小包に情報局の検閲印まで押したり……全く、あいつの、あの性格は全く変わってないみたいだな。…………まっ、モノに罪は無い。この知恵の輪は受け取っておこう……早速チャレンジだ」

おわり


 

ラスグレイブ探偵譚 公式同人誌 『彼と彼女らの探偵譚』 〔藤村 英司 他〕

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