特別企画 小説版 『プレゼントは善意の塊』 前編

プレゼントは善意の塊 前編
ラスグレイブ探偵譚より 著作『チームレッドへリング』

   ―1―

 夏が終わりかけた頃の話である。
「どうも、いらっしゃいませ、ご注文は?」
 パブ『イロジカル』のウェイトレス、ケイトは、今日も今日とて、元気に楽しく働いていた。少しの不平不満を胸に抱きつつも、仕事中は、ソレを一切見せないのが彼女のプロ根性だった。まあ、稀に、仕事中に怒りを爆発させる事もあるが、あくまで稀にである。多分。
「僕はこの、アフタヌーンティーセットを。」
「それじゃ、あたしも同じものを」
 ケイトは、壮年の男性と、少し若い長身の女性の二人連れの客から、手馴れた手つきで注文をとると……
「かしこまりましたぁ」
 笑顔を作り、店内に引っ込んでいった。

「ああ、来た来た。……さて、皆さん、これでそろいましたね」
 ケイトが二人連れの客の注文を運んで暫くした頃、彼女の見知った面々が、『イロジカル』にやってきた。それは、イーサン・ラスグレイブという男が構えた探偵事務所に、出入りする人々であった。
 注文をし、こちらにやってきた二人が、席に座るのを待たず、口火を切った彼女は、クラリティ・エヴァンズ。事務所の所長イーサン・ラスグレイブを、名探偵と信じ、憧れ、ついには、探偵助手と名乗るに至った少女である。
「何よリッテってば、探偵さん抜きでランチは、イロジカルに集合(しゅーごー)、なんて珍しい」
「クラリティさん、ひょっとして、何か重大な事件の相談でも、あるんですか?」
「はいっ。アイリーン姉さん、アルさん、実はですね……」
「「実は?」」
「一週間後の9月18日なんですが……なんと、ラスグレイブさんの28歳の誕生日なんです!」
 クラリティは、もったいぶりつつも、どこか嬉しそうにそう言った。
それを聞く、遅れてきた二人は、事務所のオーナーであり、ラスグレイブの亡き友人の娘、アイリーン・スロウ、そして、彼女のボーイフレンドで、もう一人の探偵助手を名乗る青年、アルフレッド・ニューマンである。
「あ、先生の誕生日なんですか」
「つきましては、プレゼントに何を送ろうかと言う、相談なのです」

「なんだぁ……。いいじゃん、そんなの、何でも」
 アイリーン嬢が、何かを察して若干投げやりに言った。
「何でもは駄目だよ、アイリーン。先生はオトナなんですから、ちゃんとしたものを送らないと。で、クラリティさん、お聞きしたいんですが。先生って、どういうものが好みなんでしょう? 僕、この国に来てからまだ日が浅いから、よく解らなくって」
「そう、それなんです! 私も、ラスグレイブさんの好きそうなもの、解らないんです。姉さん、アルさん、ラスグレイブさんの欲しそうなものって、何か思い当たります?」
「えー、わかんない。本とかじゃないの。いつも一杯買ってくるし。好きな作家とかの本にすれば?」
「そうなんですけど……ラスグレイブさんは、古典演劇の脚本から、ペーパーバックまで、面白そうなら何でも読むみたいなんですよ」
「じゃあ……腕時計とか、万年筆とか、普段使えそうなものにしましょうか」
 アルが、お値段がお高い事を除けば、プレゼントとして無難な物を提示する。
「うーん、そういうのも全然こだわりないみたいで、同じものをずーっと使ってるみたいなんです。お値段が高い事を除いても、下手にそういうのも買えなさそうなんですよ」
「それはむしろ、こだわりが強いんだと思いますけど。あ、でも、愛用しているモノの消耗品みたいなのも、良いかもしれませんね。インクとか、専用紙とかです」
 アイリーンは、二人のやり取りに肩をすくめて、しばし片手を額に置き、頭を一振るいした。
「あんた、そんなの貰って嬉しいの? 形に残るか、ちょっとした楽しみのある物じゃなきゃ、プレゼントにならないでしょ! それに、プレゼントは、相手が欲しいモノを渡すんじゃなくて、自分があげたいものを渡すものじゃないの?」
「「はい……そうですね」」
 二人は、アイリーンのお叱りを受け入れざるをえなかった。

「……まあ、確かに、相手が喜んでくれそうな物を想像して、自分があげてよかったと思える物を選んで、渡すべきですよね」
 クラリティは、アイリーンの言葉を咀嚼し、納得した。
「……で、そういう、アイリーンは何を贈るつもりなの?」
「あたしは、洒落たシャツでも買ってあげよっかな。シャツなら、何枚あっても困らないでしょ」
「それじゃ、僕はネクタイとかにしてみますかね」
 と其処へ、手先のトレイに注文の飲み物や、食事を山と載せてケイトがやってきた。
「皆さんおまたせー、ご注文の品です、って、ああ、リッテ、例の、ラスグレイブさんのプレゼントの事ね」
「そうなのケイト。二人は決めたみたいなんだけど、私はまだ決められないのよ」
「プレゼントは迷うよねー。ちなみに、あたしは、ここのランチ回数券。食べ物だけど、これなら腐らないし、いつでも使えるでしょ」
 ケイトは、空いたトレイを、チケットのようにかざしてみせるが、なんだか殴りかかってるような、妙なポーズとなっていた。
「あー、それもよさそう。うぐぐ、どうしよう、全然決まらないぃ……」
 ケイトのゼスチャーを無視して、頭を抱えて悩むクラリティ。
「さっきは、ああは言ったけどさ、探偵さんって本当に欲しいモノっないの? なんだか、時々妙なもの買ってきて、リッテが怒ってるじゃない」
「あ、そういえば! 」
 クラリティが、パチンと手を鳴らして身を乗り出した。
「何ですか!」
「少し前に、ラスグレイブさん、また無駄遣いして、金属製の知恵の輪なんて買ってきたんです。」
「ああ、応接室に置いてあるやつですか。僕も遊んでみましたけど、割りと簡単でしたよ」
「それです。でも、買ってきて暫くして、『これじゃない』って言ってたんです。で、事情を聞いたら、『学生の頃、コレと似た、どうしても解けない、古い知恵の輪をもっていたんだけど、戦争のゴタゴタでなくしてしまったんだ』って」
「なるほど、それを探して、プレゼントにしようってのね。リッテらしくて良いじゃない」
「いや、姉さん、それが駄目みたいなんです。その知恵の輪、前の世紀に独国(どっこく)で少しだけ作られたものだそうで……ラスグレイブさんのも、大学時代に人から貰ったものなんだそうです」
「あー。それは、一週間じゃ、どうにもなりそうもないね、リッテ。別のものを考えるしかないねぇ、あー困った困った」
 ケイトは、トレイを脇に抱えて、お手上げのポーズを取ってみせた。
「もう、人事だとおもって……」

「まあ、リッテがあげるなら、探偵さんは、何でも喜ぶと思うよ。いっそ、ほら、わたしがプレ……」
 アイリーンは、変なシナを作って、手を体に巻きつけてみせる。
「ね、ね、ね、姉さん! はしたないですよ!」
 バンっと立ち上がって、わちゃわちゃと手を動かすクラリティ。
「え、なにが、はしたないのかな~ リッテちゃんが、なにを考えちゃったのかお姉さん心配ですよー」
「もう、からかわないでください!」
 クラリティのイーサンへの好意を知りつつ、楽しそうに彼女をからかうアイリーン。そして、ケイトもその流れに乗ってくる……

  ―2―

「……聞いたかね、レディ」
 誕生日プレゼントで盛り上がるクラリティ達の声を聞いて、若干興奮気味に、ケイトが注文を取った壮年男性客は言った。
 だがその声は、イーサン・ラスグレイブに苦い戦時体験をさせた張本人で、彼が最も忌む男、ジャック・オクトーバー大佐のものだった。
「もしかして、あの、ご自分にリボンを……その、そういう格好は、流石の大佐でも、もう少しご自重なされた方が……」
 なにかと、イーサンに御執心の大佐に、呆れ気味に言う女性も、素の声に戻っていた。
 素の声……つまり彼らは、ココに別人に変装してきたわけだが、その話は、別の話であり本筋とは関係ないので、今日の所は、次の台詞以上の事は語られないし、今後も語られないかもしれない。
 ただそう言う状況で居合わせたと解釈して頂きたい。
「……あーちがう、そこじゃない。こんな偶然があるとはね。変装して作戦の監視にでてみれば、あの男に関するプライベートな話を聞けるとは。それに、ココは、あの男の行きつけの店らしい。それに、思わぬ収穫もあった。せっかくだから、ひとつ、挨拶をしておこうか」
「何だか嫌な予感がしますが……」
「なに、造作も無い事さ。ちょっと、我々のツテを当たるだけで十分だろう」
「はぁ、解かりました。では、この仕事が終ったら手配しておきますので」
 『また、この人は』という呆れの成分を隠さずも、レディと呼ばれた女性は、命令の遂行を約束する。
「頼むよ」

後編に続く


 

ラスグレイブ探偵譚 公式同人誌 『彼と彼女らの探偵譚』 〔藤村 英司 他〕

ラジオドラマの小説版3作、および書き下ろし1作を収録した公式同人誌。
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